大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成2年(ネ)2929号 判決 1992年12月25日

控訴人

斎藤昭榮

右訴訟代理人弁護士

足立定夫

宮本裕将

被控訴人

大東京火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

小坂伊左夫

被控訴人

安田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

後藤康男

右両名訴訟代理人弁護士

伴昭彦

高橋巽

主文

一  原判決中次項に掲げる請求を棄却した部分を取り消す。

二  被控訴人大東京火災海上保険株式会社は、控訴人に対し金二四七二万二六七三円、被控訴人安田火災海上保険株式会社は控訴人に対し、金五一二三万七三二七円及びそれぞれに対する昭和六一年五月二七日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の控訴をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、第一・二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人の負担としその余を被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

原判決を取り消す。

被控訴人大東京火災海上保険株式会社(以下「大東京火災」という。)は控訴人に対し、金三四六一万四七〇二円及び内金三一四六万七九一一円に対する昭和六一年五月二七日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え(当審において請求を増額した。)。

被控訴人安田火災海上保険株式会社(以下「安田火災」という。)は控訴人に対し、金六五九九万五六九六円及び内金五九九九万六〇八八円に対する昭和六一年五月二七日から支払済に至るまで年六分の割合による金員を支払え(当審において請求を減額した。)。

訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。

仮執行宣言

二  控訴の趣旨に対する答弁(被控訴人両名)

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者双方の事実の主張は、次のとおり付加するほかは原判決書の事実中、「第二 当事者の主張」に記載のとおりであり、証拠関係は、本件記録中の証拠目録(原審・当審)記載のとおりであるから、それぞれこれらを引用する。

1  原判決書二枚目裏八行目、三枚目裏一行目、九行目、四枚目表八行目、同裏三行目、末行、五枚目表六行目の「保険番号」をいずれも「証券番号」に、同三枚目裏一行目の「0969」を「09869」に、同五枚目表七行目の「二〇〇〇万円」を「三〇〇万円」に、それぞれ改める。

2  原判決書五枚目裏一行目の「次のとおりである。」を「次のとおりであり、被控訴人らそれぞれが支払うべき火災保険金は別紙分担額一覧表記載のとおりである。」に、同裏三行目から同七行目までを「右六二八七万円は新築費用であるが、控訴人と安田火災との間の住宅総合保険においては時価として三〇パーセントの償却をみるので評価額は四四〇〇万円となり、これを大東京火災、安田火災で按分すると、大東京火災八八〇万円、安田火災三五〇〇万円となる。六二八七万円と四四〇〇万円の差額一八八七万円は大東京火災の住宅総合保険で負担することになる。」に、原判決書七枚目裏六行目から七行目にかけての「金二万七二〇一円となる。」を「金二万七二〇一円の分担額となる。」にそれぞれ改める。

3  原判決書七枚目裏末行から同八枚目表四行目までを次のとおり改める。

「(七) 後片付け費用 金二一一万四〇〇〇円

(1)  部落の人達の後片付け協力の謝礼として、酒、料理、菓子、つまみ漬物の代金 金四〇万四〇〇〇円

(2)  残材処理の費用として川崎設備工事店に支払うもの(<書証番号略>の内、金二一万円は残材運搬費用に該当するので、金五二万円が残材処理の費用となる。) 金五二万円

(3)  残片付けのためのユンボによる作業代金 金二四万円

(4)  残材運搬費用(トラック一台一往復分三万円の延べ二四往復分金七二万円と人夫一人一日一万五〇〇〇円の二日間三人分金九万円。)。 金八一万円

(5)  残材処理のため近所の斉藤久治に一週間、休憩、炊きだしなどの世話になった謝礼一日金二万円の七日分金一四万円

4  原判決書八枚目表五行目の「支払責任額」を「支払責任限度額」に、同末行の「四〇〇万円」を「二一一万四〇〇〇円」に、同裏二行目「九〇万六〇〇〇円」を「一二四万一二五円」と、同三行目から四行目にかけての「一二〇万八〇〇〇円」を「八七万三八七四円」にそれぞれ改め、同一〇行目の「(三)」の次に「・(五)」を加え、同末行の「・(五)」を削り、同九枚目表二行目の「一八万九七四三円」を「一八万円」と、「四一万〇五二六」を「四二万」とそれぞれ改める。

5  原判決書九枚目表四行目から九行目までを次のとおり改める。

「(九) 特別費用 金二〇〇万円

大東京火災海上の住宅総合保険は価格協定保険であるから、控訴人は二〇〇万円の限度で特別費用として保険金の支払を求めることができる。」

6  原判決書九枚目表一〇行目から一一行目にかけての「三〇〇九万六五九二円」を「三一四六万七九一一円」と、同行の「六一三六万七四一六円」を「五九九九万六〇八八円」と改める。

7  原判決書九枚目裏二行目の「被告らは、」の前に「控訴人は、昭和六一年四月二八日、被控訴人らに対し、保険約款にしたがって請求をし、同年五月二七日に右請求をした日から三〇日を経過した。」を加える。

8  原判決書一〇枚目表二行目の末尾に「ただし、保険金額についての被控訴人らの分担額の計算方法が控訴人主張のとおりであることは認める。」と加える。

9  原判決書一〇枚目表六行目の「約款は」の次に「昭和五六年当時の約款」を、同行の「それは」の次に「昭和五九年六月改正後の約款のⅠ」を、同裏末行の末尾に「この暖炉かガスストーブが原因となって本件火災が発生した。漏電については、漏電特有の発火地点、燃え上がり状況及び焼き状況からみて本件現場での漏電はあり得ない。」を、同一一枚目表九行目の「約款」の次に「Ⅲ」をそれぞれ加える。

10  原判決書一一枚目裏一〇行目の「2」の次に「・(二)(三)(四)」を加え、同行から末行にかけての括弧書き部分を削る。

11  原判決書一二枚目裏五行目の「3」を削り、同四行目の次に「3 不実表示」を加え、同六行目の「第一八条」の前に「昭和五六年当時の約款」を、「安田火災分」の次に「昭和五九年六月改正後の約款Ⅲ」をそれぞれ加える。

12  原判決書一四枚目裏二行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「 他方、安田火災は、控訴人が安田火災と前記一2の本件保険契約(ただし(一)を除く。)をしたときに、控訴人が大東京火災と前記一1(一)の保険に加入したことを知っていた。また、安田火災は、本件保険契約を一本化した過程において重複契約の状況が発生していた事実を認めていたものである。したがって、通知・告知がなされなかったことを理由として保険金の支払いを拒むことは許されない。」

13  原判決書一五枚目表二行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「 なお、通知義務違反があったとしても、本件家屋について、前記一1(一)、一2(一)の各保険が適用されないだけであり、前記一1(二)、一2(二)の各保険は適用される。したがって、その支払責任額(合計六〇〇〇万円)までは被控訴人らは本件家屋についての損害について、保険金の支払義務がある。」

14  原判決書一六枚目表七行目の次に、行を改めて次のとおり加える。

「五 抗弁に対する控訴人の答弁に対する被控訴人らの反論

安田火災が、本件保険契約が重複契約であることを知っていたとの事実は否認する。控訴人は、昭和六一年一月から三月までの短期間に、保険契約の保険金額を五三〇〇万円から一億三一〇四万円という多額に改め、その間何度も被控訴人らの代理店と接触しているのになんの通知・告知もしなかったのである。その余の主張は争う。」

理由

一請求原因1ないし3の事実(本件各保険契約の成立、火災の発生)については当事者間に争いがない。

二被控訴人らの免責事由1(控訴人の重大な過失)について

1  はじめに、本件火災の状況について判断する。

<書証番号略>並びに証人長本尚弘、斎藤和豊、斎藤千代子の証言及び控訴人本人尋問の結果(原審第一回)を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  控訴人は昭和六一年四月二七日午前中に知人と一緒に山菜採りに出かけ、午後四時ころ帰宅したが、山で雨に降られ、服が濡れて寒かったので、原判決書添付の別紙図面の自宅八畳居間の暖炉に薪を数本入れて点火し、ガスストーブにも点火して暖をとった。

(二)  控訴人は、その日の午後五時三十分ころから、本件家屋の補修工事の打ち合わせのため山田一夫と右居室で面談した後、午後六時ころ、近くのドライブインで食事をするために妻と山田の三人で外出した。この時、暖炉の薪はほとんど燃え尽きていたので、暖炉(前面のガラスの扉が破損していた)の火及びガスストーブの火(栓は半開き)はつけたままにしておいた。ところが、ドライブインが込み合っていたので、約3キロメートル程離れたパチンコ店に行き、午後六時十五分ころから三人でパチンコをしていた最中の午後七時二十五分過ぎに本件火災の発生を知った。

(三)  本件火災は、同日午後七時二十五分ころ発生し、八時七分ころ鎮火、出火場所は本件家屋の八畳の居間で、約二四五平方メートルを全焼した。当時の天候は雨、湿度は八四パーセント(相対湿度は76.7パーセント)である。

なお、本件家屋は大正四年ころに建築された木造平屋建瓦葺の建物で、昭和五六年ころ台所及び玄関付近が増築されたり、戸がアルミサッシに取り替えられるなどの改造が加えられていた。

(四)  本件火災発生場所である八畳の居間の暖炉とガスストーブの位置関係は、原判決書添付の別紙図面のとおりである。居間の東側南寄りに暖炉があり、暖炉の前面の約二〇センチメートル幅のモルタル張りの床を隔ててその先が畳敷きとなっていた。鎮火後の火災現場の状況によると、八畳の居間が最も強く焼けており、屋根も抜け落ちている。床面は、暖炉の前面の畳一畳が床板と共に焼けて抜け落ちており、畳に直径約一四センチメートルの焼け抜けた穴がある。

(五)  控訴人が外出するとき、暖炉の種火(炎の長さ約一〇センチメートル)はつけたままであったが、薪はほとんど燃え尽きて残り火になっており、ガスストーブも点火したままにしておいたが、栓は半開きの状態であった。ほかには火の気はなく、八畳の居間の可燃物としては、原判決書添付の別紙図面のとおり、暖炉の脇にカラオケボックスと薪が置いてあり、テーブル、サイドボード、その足元の新聞紙などの紙類、サイドボードの上に書類等があったが、特に引火し易いものはない。

(六)  以上認定の事実によれば、出火場所は八畳の居間であり、最初に暖炉の前面の畳の付近に火が移って燃え広がったと認められる。八畳の居間には暖炉とガスストーブ以外の火の気はなかったこと、外からの放火は考え難いこと、漏電を疑わせる焼毀状況ではないことからすると、八畳の居間にあった暖炉か又はガスストーブの火が火元となって、可燃物に燃え移ったことはまず間違いない(消防本部も、出火箇所を八畳の居間と認定し、原因は明確でないが、暖炉付近の焼毀が強いことから、火の粉が飛んで付近の可燃物に着火したことも考えられるとしており、ごく自然な見方であろう。)。もっとも、それ以上に詳細に出火に至る原因を突き止めることはできない。おそらく、暖炉の残り火がはねるなどして、室内にあった可燃物(畳も含めて)に着火し、次第に燃え広がったのではないかと推測し得るに止まる。

控訴人は漏電の可能性を主張するが、これが認め難いことは前記のとおりである。また、被控訴人は控訴人による放火を疑っているふしがあるが、これを疑わせるような証拠はないし、控訴人が自宅を出た時刻と出火時刻から考えても放火は考えにくい。

2 以上のとおり、本件火災の発生するに至った詳細な原因は確定できないが、おそらく暖炉かガスストーブの火が近くの可燃物に燃え移ったのであろうと推認するほかない以上、控訴人に重大な過失があったということはできない。

被控訴人らは、暖炉の前面のガラス戸が壊れたまま使われていて安全性に問題があったし、ガスストーブも底面が熱くなるほど安全性に問題があったのに、控訴人はこのことを知りながら、火をつけたまま外出し、長時間無人の状態で放置したのは重大な過失であるという。確かに、暖炉の火の始末をせず、ガスストーブもつけたままで外出した控訴人に注意義務違反があることは明かであって、控訴人は過失の責は免れない。しかし、重過失とは、ほんのちょっとした注意さえすれば誰でも容易に有害な結果が生ずることを予見することができるはずで、したがって、大事に至ることはたやすく回避することができたはずであるのに、こうした注意すら怠るというような、ほとんど故意に近い不注意をいうと解すべきである。失火の例でいえば、引火しやすいものの側で火を使うとか、油を火にかけたま、放置するなど、火事になる危険が特に大きく、常識からいっても当然払うべきちょっとした注意すら怠ったような場合をいうものと解される。

これを本件についてみると、暖炉の火の後始末を十分しなかったことや、ガスストーブの火を消さなかったことは、不注意とはいえ特に危険が大きいとまでいうことはできない。比較的短時間で戻ってくるつもりで外出するような場合、ストーブをつけたまゝにしておく程度のことは、ありがちなことだからである。暖炉の前面のガラス戸が壊れていたとはいえ、薪はほとんど燃え尽きていたし、これまでもガラス戸が壊れていたからといって特に危険な状況があったと認めるに足りる証拠はない。暖炉のメーカーとしては、万全を期する必要から、完全な状態で使用するよう注意するのは当然のことであるし、注意書きがなくても、使用者は本来注意すべきことである。しかし、このことと、ガラス戸が壊れたま、暖炉を使っていたことをもって控訴人の重過失というべきかとは別問題である。もちろん控訴人に過失があるには違いないが、普段使うのに特に危険な状況があったとまで認められない以上、このことをとらえて重過失ということはできない。また、ガスストーブの底が熱くなることはあったにしても、ストーブのあった位置が焼け抜けているわけではないから、これが出火原因とは認め難い。なお、火元近くに特に引火しやすい物が置かれていたとも認められない(被控訴人らは、ガスストーブの上部にタオルが干してあったというが、証人斎藤千代子はこれを否定しており、他に被控訴人らの主張を認めるに足りる証拠もない。)。控訴人の過失は未だ重大な過失と認めることはできないというべきである。被控訴人らの主張は理由がない。

三被控訴人らの免責事由2(控訴人の通知義務違反)について

1  長期総合保険普通契約約款に被控訴人ら主張の定めがあること、本件家屋につき、控訴人は、大東京火災との間での請求原因1・(一)の火災保険契約が存続している昭和六一年二月二六日に、安田火災との間で請求原因2・(二)の火災保険契約をしたこと(同(三)、(四)の契約は、目的物を異にしており、重複とは認め難い。)、同契約が存続している昭和六一年二月二四日に大東京火災との間で請求原因1・(二)の火災保険契約をしたこと、控訴人は事前にこれを通知せず、本件事故発生までに承認の裏書きの請求もしなかったこと、被控訴人らは控訴人に対し、昭和六一年七月二三日に到達した書面で、重複する各契約につき通知義務違反により免責される旨通知したことは、いずれも当事者間に争いがない。

2  そこで、被控訴人らの、約款違反による免責の主張が認められるかを検討する。

(一)  まず、控訴人は、通知義務を定めた約款の存在を知らないで重複して契約をしたものであるから(本件火災発生後安田火災から通知を受けてはじめて約款の通知義務を知った)、約款の拘束力はない旨主張する。

しかし、保険契約に加入する者は約款の内容を契約内容とする意思をもって契約をするのが通常であるから、特に約款によらない旨の合意があったことが立証されない限り、保険契約に加入した者は約款の内容を契約内容として契約をしたものと認めるべきである。本件において、約款によらない合意があったことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  次に、控訴人は本件約款は強行規定である商法に反し無効であるし、また商法六四四条の対象外の事実にまで告知事項を拡大するものであって問題である、と主張するので、この点について判断する。

約款において、重複して損害保険契約をする際には、保険契約者は、先の保険者に対してその旨を通知して承認を求め、後の保険者に対して予めその旨を告知をすべきことを定めている趣旨は、重複保険の締結は一般に保険契約者による保険事故の招致の危険を増大させるおそれがあることに鑑み、保険者としては重複保険の成立を避けるため、他保険契約の存在を知る必要があること、及び保険事故が発生した場合の損害の調査、責任の範囲の決定について、他の保険者と協同して行う利益を確保するためには、他保険契約の存在を知ることが便宜であること等にあるものと考えられる。したがって、重複保険の通知義務、告知義務を課した本件約款には合理的な理由があり、その定め自体が商法に違反するものとはいえない。

しかしながら、重複保険の場合であっても保険契約者が取得し得る保険金額は保険契約の目的の価額に限られる(商法六三一条)し、重複保険の保険者が負担すべき保険金額については商法六三二条、六三三条及び保険約款によって分担の方法が定められているほか、故意又は重大な過失による保険事故の招致については商法六四一条及び同旨の保険約款の規定により保険者は免責されること及び普通保険約款にあっては、契約当事者の知、不知を問わず、約款によらない旨の特段の合意がないかぎり、これが当然に契約内容となって当事者を拘束すること等に鑑みると、保険契約者に他の保険内容の存在について告知、通知義務違反があるからといって、保険者が直ちに保険契約を解除することができるとか、あるいは保険金の支払を免責されるものと解するのは相当ではない。保険契約者が不法に保険金を得る目的をもって重複保険契約をしたことなど、その保険契約を解除し、あるいは保険金の支払を拒絶するにつき正当な事由がある場合に、はじめて保険者は告知、通知義務違反を理由に保険契約を解除し又は保険金の支払いを免れることができるものと解するのが相当である。

右の観点から本件について検討するに、証人小林眞也の証言及び<書証番号略>、証人杉山和一の証言及び<書証番号略>並びに控訴人本人尋問の結果(第一、二回)によれば、控訴人は重複契約となることは判っていて各契約をしたものと認められるが、安田火災の契約代理店の担当者である杉山和一は、契約内容の詳細はともかくとして、控訴人がすでに大東京火災の火災保険に加入していることは知っていたこと、大東京火災の契約代理店の担当者小林は控訴人が安田火災の保険に入ったことは知らなかったが、控訴人に他社の火災保険に加入しているかどうかは別段確認をしなかったことが認められ、控訴人が約款に定める告知ないし通知義務があることを知りながらあえて告知ないし通知義務を怠ったとか、さらには、控訴人が不法に保険金を得る目的をもって重複保険契約をしたと認めるに足りる証拠もない(被控訴人らが控訴人の放火を疑っているふしがあることは先に触れたが、これが採り得ないこともすでに触れた。)。

以上のとおりであるから、通知義務違反を理由とする免責についての被控訴人らの主張は理由がない。

四被控訴人らの免責事由3(控訴人の不実表示)について

1  被控訴人ら主張の約款が存在することは当事者間に争いがない。

2(一)  <書証番号略>によれば、控訴人は被控訴人らに対し、昭和六一年五月七日付で本件家屋等の増改築工事に関して、本件火災の損害見積書を提出したこと、右見積書によれば、その内容はおおむね原判決書添付別紙一覧表の「契約者申告内容欄」(ただし、斉藤工務店のテラス工事一〇〇万円を加える。)記載のとおりであり、合計七二二五万円の申告となっていることが認められる。他方、<書証番号略>及び証人山谷寛の証言によれば、同人が本件火災直後に控訴人から事情を聴取し、本件家屋に使用されている材料等の価格から積算して本件家屋を新規に建築する場合に要する価額は四七六〇万円となることが認められ、この額を対比すると、控訴人の申告額は過大にすぎるといって差支えない。また、証人長本尚弘の証言及び<書証番号略>、証人斎藤和豊の証言及び<書証番号略>、証人山谷寛の証言によれば、控訴人が提出した前記見積書(<書証番号略>)について、被控訴人らが調査したところ、控訴人が提出した見積書の内容には裏付をとれないものや事実と合致しないものも多く、全体として過大な価額になっていることが認められる。

(二)  しかしながら、本件家屋の火災により関係書類も焼失してしまったであろうこと、証人斎藤千代子の証言及び控訴人本人尋問の結果(原審第一、三回)によれば、控訴人は資材を自分で調達して業者に工事をさせるなどすることも多かったと認められること等を考えると、見積書の記載に厳格な正確性を要求することは酷である。もとより、保険契約者としては、なるべく正確な見積書を提出すべきことは当然であり、前掲証拠によれば、控訴人が見積価額の水増しをするために工作をした疑いもあり、被控訴人らが不実の申告であると主張するところも理解できないではない。しかし、<書証番号略>、証人斎藤千代子の証言、控訴人本人尋問の結果(原審第一、三回)によると、控訴人が見積書に記載した金額は、控訴人が支給した材料費を含めての金額を示すものもあることが窺われ(<書証番号略>にその旨の注記もある。)、もともと大雑把な記憶をもとにとりあえず記載したと認められることを考慮すると、控訴人があえて不実の申告をしたとまで認定することはちゅうちょせざるを得ず、被控訴人らの主張は結局採用することができない。

五被控訴人らが支払うべき保険金について

すでに判示したとおり、本件火災による損害額についての控訴人の主張は一部過大なものと認められるから、証拠によって認定し得る損害をもとに被控訴人らの支払うべき保険金額を算定する(なお、被控訴人相互の分担計算の方法については当事者間に争いがないので、これに従う。)。

1(一)  本件家屋を改めて新築するに要する価額は、<書証番号略>及び証人山谷寛の証言により、四七六〇万円と認めるのが相当である。<書証番号略>によれば、本件家屋の新築工事に要する費用は六二八七万円とされているが、これは、見積の時期が違う上、建築用材の選択が妥当といえるかどうか明確でないので、そのまま採用することはできない。

(二)  右の価額をもとに、被控訴人らの分担額を計算すると次のとおりとなる。

安田火災との間の契約では三〇パーセントの償却をみるので、評価額は三三三二万円(<書証番号略>)となり、これを大東京火災と安田火災との責任額で分担すると、大東京火災六六六万四〇〇〇円、安田火災二六六五万六〇〇〇円となる。四七六〇万円と三三二〇万円との差額一四四〇万円は大東京火災の住宅総合保険(請求原因1・(二))で負担することとなる(以上の分担計算の方法については当事者間に争いがない。)。

2  家財一式の損害額は、<書証番号略>によれば、一八五〇万円と認めることができ、安田火災が支払うべきことになる(請求原因2・(一))。

3  本件車庫付住宅の損害額は、<書証番号略>によれば三四〇万円と認めることができ、安田火災が支払うべきことになる(請求原因2・(三))。

4  本件付属車庫の損害額は、<書証番号略>によれば四五万円と認めることができ、安田火災が支払うべきことになる(請求原因2・(四))。

5  機械設備の損害額は弁論の全趣旨により価格協定保険であったと認められるので、控訴人主張どおり四八万円と認める。安田火災が支払うべきことになる。

6  臨時費用については、証人斎藤千代子の証言及び<書証番号略>によれば、一〇〇万円を超える出費があったと認めることができ、控訴人が求める一〇〇万円の限度でこれを是認することができ(被控訴人らもこの点は特に争ってはいない。)。大東京火災と安田火災との責任額で分担すると大東京火災が三七万七七八六円、安田火災が六二万二二一四円を支払うべきこととなる(計算方法については争いがない。)。

7  後片付費用については、<書証番号略>、証人斎藤千代子の証言、控訴人本人尋問の結果(原審第三回)及び<書証番号略>によれば、控訴人主張の費用のうち(1)(部落の人への謝礼)を除き、これを認めることができるが、右(1)については、過大と思われる。社交儀礼として必要な額はせいぜい一〇万円をもって相当と認める。したがって、後片付費として是認する額は、合計一八一万円となり、これをもとに被控訴人らの分担額を計算すると大東京火災が一一〇万八八七円、安田火災が七〇万九一一三円となる(請求原因一1・(一)の責任額一〇〇万円、同一1・(二)の責任額一八一万円、同一2・(二)の責任額一八一万円となり、大東京火災が四六二分の二八一、安田火災が四六二分の一八一を分担することとなる。計算方法については争いがない。)。

8  失火見舞費用

<書証番号略>によれば、本件火災により控訴人の隣家である菊地平治方、菊地弘方、石沢春雄方に類焼の被害が及んだことが認められ、<書証番号略>によれば、被災一世帯当り二〇万円、かつ保険金額の二〇パーセントの限度で保険金が支払われることとされていることが認められる。したがって被控訴人らは二〇万円の三世帯分六〇万円の保険金を支払うべきところ、大東京火災の分担額が一八万円、安田火災の分担額が四二万円となることは被控訴人らも認めるところである。

9  特別費用

価格協定がなされている保険について二〇〇万円を限度として特別費用の保険金が支払われることは被控訴人らも特に争わないところであり、請求原因1・(二)の保険により大東京火災がこれを支払うべきこととなる。

六弁護士費用について

本件請求については、控訴人にとっても容易な請求でなかったとはいえるが、すでに判示したところから判るように、被控訴人らがその存在を争ったことも無理はないと認められる事情があるから、本件において被控訴人らに弁護士費用を負担させるのは相当でないというべきである。

七以上によれば、控訴人の本訴請求のうち、被控訴人大東京火災に対して金二四七二万二六七三円、被控訴人安田火災に対して金五一二三万七三二七円及びこれに対する昭和六一年五月二七日から完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分はそれぞれ理由があり、これを棄却した原判決は不当であるから、控訴人の本件控訴は一部理由があり、原判決の右部分を取り消し、右請求を認容すべきであるが、右各金額を超える控訴人の請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴はこの点では理由がなく、棄却すべきである。なお仮執行宣言は相当でないと認め、付さないこととする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官上谷清 裁判官滿田明彦 裁判官髙須要子は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官上谷清)

別紙

被控訴人らの火災保険金分担額一覧表

会社名

保険契約

種類・対象

対象物の損害額(損害額が支払責任額を超過するものは支払責任額)と対象ごとの各保険の分担額

本件

家屋

車庫付

住宅

付属

車庫

機械

設備

家財

臨時

費用

後片付

費用

失火見舞

費用

特別

費用

合計額

6287万円

340万円

50万円

48万円

1850万円

100万円

211万4000円

60万円

200万円

9146万4000円

大東京

一・1・(一)

長期総合

880万円

18万8893円

41万3375円

18万円

(大東京合計)

一・1・(二)

住宅総合

1887万円

18万8893円

82万6750円

200万円

安田

一・2・(一)

長期総合

家財

1850万円

18万8893円

42万円

(安田合計)

一・2・(二)

住宅総合

3520万円

18万8893円

87万3874円

一・2・(三)

車庫付

住宅

340万円

18万8893円

一・2・(四)

付属車庫

50万円

2万8334円

一・2・(五)

機械設備

48万円

2万7201円

大東京分担額合計

2767万円

37万7786円

124万0125円

18万円

200万円

3146万7911円

安田分担額 合計

3520万円

340万円

50万円

48万円

1850万円

62万2214円

87万3874円

42万円

5999万6088円

分 担 額 合 計

6287万円

340万円

50万円

48万円

1850万円

100万円

211万3999円

60万円

200万円

9146万3999円

保険契約の表示は、原判決事実摘示・第二・「当事者の主張」の表示による。

失火見舞費用については各保険契約ごとの分担額ではなく、保険会社ごとの分担合計額を記載した。

損害額の合計と分担額の合計に1円の誤差があるのは、按分計算の際、1円未満を切り捨てたことによる計算上の誤差である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例